5月

安曇野の5月。

きっとここに住む誰もが好きな季節です。たぶん。

風も空も緑も気持ちよくて最高。

森の中で仕事もできちゃいます。写真は烏川渓谷でデスクワークしている夫。月とビスケットから烏川渓谷は車で5分ほどなので、たまにお弁当を持ってランチをしたりもします。夏は涼しいし、鳥もいっぱい。おすすめです。ぜひ立ち寄ってみてください。

さてさて、、ブログ、久しぶりの更新になりました。

昨年の秋の自分の入院から始まり、家族のこともいろいろとあって、なにしろ気持ちの中で現状を受け止めることに時間がかかりました。

そんなの隠して書けば良いけれど、私にとって文章を書くことは気持ちをストレートに表現することなのでそれも難しく、なんだか書けなかった。不器用なものです。

でも、少しずつ受け止めていけるかもと思えてきたこの5月。状況も変わるし何より時間が解決することもある。そして、手を差し伸べてくれる人もいる。

それに、その間も月とビスケット.では、とてもすてきなことが たくさんあって、新しい出会いやお客様の声や手紙、素晴らしい展示や音楽などなど、本当に私達の励みになっています。

最近よく思う。

嬉しいことも大変なこともあるけれど、そのまるごとが人生なんだなぁと。

楽しいばかりではなくても良いのだと思えるようになったのは年齢のおかげかな?

安曇野は今、水鏡がきれいな季節です。

田んぼに水が入り、あちこちで田植えをしています。稲が育つ前のこの景色は水に溢れ、空や山が映り込み本当に美しいのです。

それに、そろそろカッコウも鳴くかな?

若い頃だったら違ったかもしれないこの感覚。今、この時にここに住んでいて良かったなぁと思います。本当に気持ち良い場所です。

ということで、またまた新たに頑張ろうと思うのでした。1年に何回かそう思っているような気がするけれど、何回でも思って良いことですから。また書いちゃうかもしれません。

月とビスケット.も ほぼほぼ木金土営業に戻っています。どうぞ、ゆっくり過ごしにいらしてくださいね。

お菓子もごはんもどれもこれも大切に作ってお待ちしてます。

この季節のバターミルクのトッピングは清見オレンジのマーマレード。これから果物の旬がどんどんやってきます。

ゆき

思春期の頃に

月とビスケット.には、絵本がいっぱいありますが、児童書も置いてあいてあります。

あまり出番がないけれど、時折、小学生高学年や中学生の子どもたちが読んでくれます。

私はそれがすごく嬉しくて、また来てねと思う。

母親になって思うのは、子ども達に出来る事って限られているということ。

むしろ、私がなにかをするよりも、出会いや新しい経験の方が一番の力になると思います。赤ちゃんの頃とは違って。

なので、子ども達が心に残る本に出会ったり、かわいい!って感激したり、知らない世界を覗いたりすることはとても大事なことだと思っています。

月とビスケット.が、少しばかりそんな場所になれたらいいなぁって いつも思うのです。

私は子どもの頃から本が好きで、小学生の頃は図書室によく通いました。私の好きだったのは、江戸川乱歩シリーズ、それにSF小説、世界名作文学。。あまり女の子っぽくないですね。

漫画も好きで、手塚治虫が好きでしたが、りぼん、なかよし、花とゆめ、、女の子漫画もたくさん読んでいました。

そして、小学生の頃は文房具屋さんに通い、中学生になると大きな商店街にひとつだけあった雑貨屋さんへ通いました。ただ見るだけの日もあれば、お友達への誕生日プレゼントを選んだり。

そんな思春期の頃の時間。これといってすごい出来事がなくても、とても心に残り今の自分の感性を育んだように思えます。

思春期というのは、その時にしか感じない鮮烈さがあるみたい。

淡いパステル色の気持ち。

ですので、ちょうどその頃の子どもたちには、どうぞお店に来てお菓子やお茶を食べて本を見てくれるといいなって思うわけです。

おすすめの本、いっぱいありますよ。もちろんおすすめの漫画も。

そうそう、そんな子どもの頃の私は友達と遊ぶこともあったけれど、家にいることも多く、本を読んだり漫画を読んだり絵を描いたり、、母から見るとちょっと変わっているように見えたみたいでなぜか心配されました。

私には年子の姉がいるのですが、対照的なところがあって学校の話もあまりしなかったからかもしれません。

大人になった今もだいぶ変わっているかと思いますが、、一応、ちゃんと働いたりお母さんもなんとかやっています。

母親からすると、子どもがというものは友達がたくさんいて、学校では手を上げて発言して、積極的な方が安心かもしれない。でも、そうではなくても大丈夫なんじゃないかと自分の経験上思います。私はむしろ本をたくさん読んで空想できる子どもの方に親近感が湧くかな。

私は子ども達に、好き を大切にしてほしいといつも思います。

自分の好きなことがあることは大人になって1番の強みになるはずですので。

さて、2月の月とビスケット.は8日から営業スタートです。

読書におやつにごはん。

みなさまのお越しをお待ちしてます。

【2月の営業日】

8,9,15,16,,22,23

金土営業 10:00-16:00

新しい1年

1月。年明けて、2日に窓の外は真っ白。雪の朝でした。

おやすみの日の雪はきれいだなぁと眺められるから良いな。雪かきは大変ですが。

さて、、

2019年最初の営業日は11日。

お立ち寄りくださり、ありがとうございました!

12月の営業が終わって冬休みの間、1月からどんな感じにしようかなと、だいぶじっくり考えてました。

そして、ずっとやりたかったおしるこをついにメニューに登場。

小豆を煮るのが大好きです。そして甘味処への憧れ…。

メニュー作りは、いつも本当にずっと頭の中にあって、1人黙々と考えているのですが、今年は私の出来ることが少ない分、自由な発想でやれたらいいなと。

元々だいぶ自由さがあるかと思うけれど、どうぞ楽しみに食べに来てください。

季節のごはん、1月はスープ。

塩豚と冬野菜の味噌スープです。

昨年冬に仕込んだ自家製味噌。麦麹で仕込みました。ほんのり甘く美味しい。

塩豚を2日間つけて、、じっくり煮るのでお肉柔らか。見た目よりもだいぶ手間暇かけたスープなのです。そして、ポカポカとあたたまる。

塩豚は毎年年末に仕込む我が家の定番。お正月明けておせちが飽きると焼いたり煮たりするのです。冬は保存食で暮らすって楽しいなと思うので、おせちもたくさん作って、お寿司にしたり煮物はうどんに入れたりします。

そんな日々の流れで、この季節のごはんとなりました。

そうそう、味噌のスープとパン、これもいつもの習慣。朝ごはんは味噌汁とパン。この組み合わせも好きなのです。

初営業で、お客様のおいしいの笑顔や声に私がとても元気をもらいました。ありがとうございます。遠くから見守ってくれる皆さんにも感謝。

体が動くと心も動くのかな。

今年もおやつとごはんを作り、月とビスケット.のではじまるなにかを私らしくやっていこうと思い新たに。

体の方は、自分で自分の体を把握出来ないところもあり戸惑いもありますが、やっぱりやれることはやりたい。ゆっくり週2日で続けてみようと思います。

また違ったことも出来そうではないかな?と思いつつ。

今年は、今を生きる でがんばります。

おまけ。次男の冬休みの紙相撲。

ゆき

仕事納めです

12月28日金曜日。

月とビスケット.の 2018年の最終営業日でした。

オープンからたくさんテイクアウトの方がいらして、年末感。

年の瀬のおやつにしていただいて、とても嬉しいです。

28日は、今の私がご用意出来る数のお菓子をいっぱい並べようと思って張り切って焼きました。

アップルパイ、ベイクドチーズケーキ、限定のレッドヴェルベットケーキ (早々に売切れ(・・;)すみません)。

そして、合間にミニバターミルクビスケット。

退院してからおやすみしていた看板おやつバターミルクビスケット。作る時に力がいるので、なかなか手が出ませんでしたが、久しぶりに焼きました!今年の終わりに焼けて良かった。

焼きあがった時の良い香り。やっぱり私達の特別なお菓子です。

1年終わって、また新しい1年。

今年のいろいろを胸に、自分達の出来る形を考えていきたいと思います。

もちろん、これからも変わらずお菓子を焼いて珈琲を淹れて。ずっとそこにあることを目指して。

1年間本当にありがとうございございました。

来年もどうぞよろしくお願い致します。

いただいた小さな花束。さりげなく束ねられていてかわいい。

Kanaさんの鏡餅カードと並べてお正月支度。

そして、私もそろそろおせちの準備。

黒豆煮たり、ごまめに煮しめ、、今年は伊達巻も作ろうかな。おせち作りは毎年の私の愉しみです。

年末年始のお料理の買物メモを書くのも楽しい。

家でお料理でもしながら、あたたかく過ごしたいと思います。

みなさまどうぞ良いお年を。

◎年明けは1月11日(金) 10:00-16:00営業です。

ごはんをつくる

こんにちは。

お気づきかと思いますが…

お料理がとても好きです。

家事のひとつとしてではなく、私の人生の愉しみ。

入院の間もあれこれと雑誌や本のレシピをみては、妄想していました。

そして、その中でも特に何度も何度も見ていたのは、西荻にある のらぼうのレシピ本。(レシピ本は何度も読み返すのはいつものこと…)

本の横にあるのは、、

フランスガム子さんに西荻土産としてリクエストした、のらぼうのメニュー表です。(ありがとう!)

これはいつも店の軒先に置いてあって、持ち帰ることが出来るのです。

このふたつを病室で何度もページをめくっては、これ作ろう、あれ作ろうと思い描いていました。お料理イメトレ。

レシピ本を見ていると、お店の湯気やフライパンで焼く音などカウンターでお料理を見ているような気分になる。のらぼうでごはんを食べるのは、いつも特別な時間でした。

レシピって、不思議なもので人柄も出ると思うのです。素材を美味しく作ってあげたいという心意気を感じるレシピは大好きです。

主婦の手に届くレシピであることも大事ですね。

家に帰ってから、土鍋でごはんを炊こうと思って、まずは、目の前にあったさつまいもを使って、サツマイモそぼろごはんを炊きました。

冬の土鍋から出る湯気、気持ち良い。

ごはん作るのは、身体を作ることにもなるので、ゆっくりでもちゃんとやろうと入院中に心に思ったこと。

もちろん、これまでも日々作っていたけれど、もう一歩前にでて、食事についてよく考えていこうと思っています。

おまけ。

あさごはんに、クルミ味噌をのせて五平餅風焼きおにぎり。

胡桃をいただいたので、次男がたくさん割ってくれました。取り出してフライパンで軽く炙って香ばしく…。これを息子に叩いてもらい、お味噌と味醂で甘辛に。

美味しかった!お庭の胡桃をいただけるって、幸せ。

ゆき

All You Need Is Love

こんにちは。

月とビスケット.は今週は金曜と土曜の週2回営業です。

私はといえば、帰宅してから、家でゆっくりと過ごしています。

入院の間、あさごはんにスープを作っておいしいパンと食べたいなとか、雑誌のレシピを見ては、あれを作ろうこれを作ろうと、お料理のこと、そしてお菓子を作ること考えてました。

帰ってから最初の日曜日。

スープを作り。おいしいパンを添えて幸せ。家族の食卓が1番です。

とはいえ、やっぱりまだまだ体力は5割くらい。休み休みでやってます。

病院というのは、ごはんも作らないし、家事も仕事もない。本当に時間がたっぷりあって、体は休めたのですが、心はのんびり出来ないという不思議な場所ですね。

時間はあるけれど、病院で、あれこれと考えると基本的に良い方向に進まないので、意識して、何か手を動かしたり本や漫画を読んだりしてました。

ほかの方とお話もそんなにしなかった。病気のことを聞いてしまうと気持ちが引っ張られるので。

自分の今を受け止めることで精一杯だったと思います。

そんな中、私が入院中に唯一、仲良くなった方がいました。同じ病室になって、夕焼けがきれいだとか、松本の街を眺めて、あれは浅間温泉だよとか、話したり、私のカフェの話も少ししました。お菓子食べてみたいなぁと言ってくれた。

たわいない話が出来て嬉しかったけれど、彼女は車椅子生活なのでそんなにたくさんは話せなかった。

そして、しばらくして、治療のため別の病棟へ移動していきました。

不安そうにしていたから、もっと病気の話も聞いてあげたかったけれどそれがその時の私は出来なくて、ずっと気になってました。

移動した病棟に会いに行ったら迷惑かな?いつもの私ならすぐ行くだろうなと自分でも思いつつ。でも、会いに行ってみて、どんな状態なのか知るのもちょっと怖かったのです。

そして、退院の日。やっぱり最後に会いに行っておこうと彼女の病室へ行きました。

そうしたら、最後に会った時より顔色が良くなっていた。良かった!

そして、体がよくなったらお店に行くから、お菓子焼けるようになれるように頑張って。と言ってくれました。

待ってるよって握手をしてお別れ。

なんだか…人生の中で1番大事なことって、愛があることなんだと改めて思いました。

入院中に届いたたくさんのあたたかな気持ちとか、この出来事とか。迎えに来た時の息子のうれしそうな顔とか。

愛を持って何かを伝えることって、時にはまわり道だったり、ちょっと寄リ道のように見えても。

やっぱり、

All You Need Is Love ですね。

これからもずっと、そうありたいです。

そういえば、もうすぐジョン・レノンの命日。

ロッカーにペタペタと貼っていたお手紙たち その1。

ゆき

退院しました

こんにちは。

予定よりも少し早く退院が出来ました。

安曇野へ帰ってきた!ばんざい!

ただいま と、お店のドアを開ける喜び。

ご心配をおかけしました。そして、たくさんの励ましのお言葉、本当に本当にありがとうございました。

退院とはいえまだ自宅安静。そして通院しての治療は続きます。あわてず、ゆっくりやっていこうと思います。

でも、家にいることで、夫をすぐサポート出来る。子ども達の顔も見られる。うれしいです。

12月は、月とビスケット.もゆっくりと営業していく予定ですが、どうぞよろしくお願いします。

とにかく家に帰り、家族でごはんを食べる喜び。ホッとしました。

それに、友人から届いた手紙や誕生日プレゼント。ありがとう。好きなものしか届いてない、、さすが!

誕生日は入院中。微妙な気持ち…と思っていたら、誕生日の診察で退院が早まることを知りました。そんなプレゼントもあるのですね。

これから冬。

寒くなるので、あたたかくして過ごさなくては。

気をゆるめずに、体のことをしっかり考えたいです。

普通ならば大事な免疫力。私の病気、膠原病の場合、いま、薬で免疫力をおさえての治療をしています。

とても免疫力が下がっているので、くれぐれも風邪や病気に気をつけるようにとの先生や看護師さんの言葉を大事に。

それにしても、病院で治療開始してから、とても体調が良くなりました。全身の赤みや痒み、顔のむくみがどんどんひいて、顔がどんどん元の色に近づいていく。

色白だったのね〜、そういう顔だったのね〜と看護師さんの声。そうなんです。

元の自分に戻れた感覚。喜びが大きかったです。それに疲れだと思っていた、筋肉のだるさもだいぶ良くなりました。

久しぶりに近くで見た常念岳と北アルプスは最高にきれい。

やっぱり山はいいな。

まずは、新しい第一歩。

ゆき

西荻窪と私と息子

こんにちは。

今日はみなさんによく質問される私が暮らしていた街の話を書いてみようかなと。

東京の西荻窪。

たくさんの想い出詰まった私の中の故郷です。

本当は生まれ育った阿佐ヶ谷が故郷なのですが。阿佐ヶ谷は西荻窪の隣の隣の駅。

もちろん阿佐ヶ谷も良いところなのです。

でも、大学生の頃、西荻窪には面白いお店があるらしい、、という噂を聞いて、行ってみよう!と、自転車で出かけたその日から、もう西荻窪は私の憧れの街になりました。

それまでに見たことのない、アンティーク屋さん、雑貨屋さん、ビンテージのお店、ジャンクな変なお店、それにおいしいケーキのお店。

なにしろ、我が道すすむ個性的なお店ばかり。十代だった私は心踊りました。なんかカッコいいって。

実は、当時あったお店は今はもうほとんどないのです。今も残るサウスアベニューは、やっぱり特別なお店だと思う。

そしてその後に新しく出来たお店も魅力がいっぱい。そういう人達を呼ぶ場所なのかな?

その西荻窪に結婚して1年後、20代の後半についに住むことになりました。そして、デザインのお仕事をしながら、長男が産まれてフリーでお仕事をするようになり、

何年かは西荻窪が好きすぎて、「F★B」という西荻案内フリーペーパーも発行していました。西荻のおいしいお店や子育ての話、絵本の話も載せたり、、。(この時に三月の羊さんとの出会いがあり、絵本コラムの連載をしてもらっていたのです)

私が西荻窪暮らしでよく思い出すのは、長男の小さな頃のこと。

歩けるようになって、手を繋ぎながら商店街へおつかいに行ったり。

平和通りをテクテク歩いてお花屋さん、八百屋さん、雑貨屋さん、街の人、こんにちはって挨拶しながらプラプラお散歩。

シール屋さんで好きなシールを3枚だけ選んで、、

自転車に乗せてパンを買いに行くと、抱っこしてくれたり。

母の私がいうのもなんですが、長男はとてもオープンな心を持っていて、優しく誰からも受け入れられる気質があるのですが、これはその頃の西荻の街の人達のおかげ、街の人が育ててくれたのだと思っています。

西荻では子育てと仕事のおかげで、私自身もうれしい出会いがたくさんありました。親友、すてきな友、たのしいみなさん。

その親友を長男はかあちゃんと呼び、彼女の2人の息子と幼馴染として兄弟のように育ちました。4歳で1人でもお泊りが平気なくらいに。

ですので、安曇野へ移住すると決めた時、私はたった一つ長男が西荻から離れることだけが気がかりでした。

幼馴染、親友、街の暮らし、だいぶ切なく思いました。

小学校の卒業式を終えて安曇野へ向かう車の中、初めてすごく泣いたいた息子でしたが、心強く頑張って、安曇野の中学でよい友達が出来ました。

素朴で素直な友達。心から嬉しかった。

そうそう、息子が西荻で好きなお店は、先程登場したサウスアベニュー。息子はサウスと、サウスの中国茶が大好きなのです。

おかげでお茶の味に厳しい。おいしい西荻育ちは舌が肥えます。

それと、多分、息子に西荻で1番強烈なインパクトを残したのは、ニヒル牛でのイベントで会った石川浩司さんじゃないかしら。今でも時々あの時の天使イベントの話をして家族で笑うんです。最高に面白かった。

好きなことを大切にしているいろんな人が住む街、それが西荻かな。長男はそれを感じながら育って幸せです。

そんな大切な街を飛びだすという、、全くもって人生は不思議です。

でも、阿佐ヶ谷で育って西荻で暮らし40歳になり、私は同じ場所で暮らすことしか知らないことに気がつきました。

人生は一度だけ。

私にはいつか住みたいと思っている場所がふたつありました。そのひとつが安曇野。

若い頃に旅してから長い間、好きだった場所。その時が来たように思えました。

もちろん決めた理由はほかにもたくさんあります。次男のこと、夢のこと、家のこと、私の家族のこと。

そんなあれこれとした理由が、なぜかすーっと、自然と集まって呼ばれるように。

大事な街が遠くにあるということは、こういうことなのかと、安曇野で暮らすようになって知りました。

気持ちよく穏やかな安曇野での暮らしをとても気に入ってます。あたたかく迎えてくれた安曇野。

そして、その向こうには、いつでも西荻での日々が心にある。

そうそう、お店に立っていると時々西荻窪情報を聞かれるのです。すごくうれしい。

それに安曇野と西荻が遠くて近いことも、よく思うことです。縁が繋がることがよくあるのですよ。

なんだか長くなってしまいました。

オマケ。何故かそれいゆのナポリタンの写真がスマホに残っていたので。

ある意味、これが西荻的なもの。

ゆき

本を読む

こんにちは。ゆきです。

病院では本が心の癒しです。

信大病院には小さな図書室があって、貸出も出来ます。それに松本市の図書館の本すべてがリクエスト出来て届けてくれる。

なにより図書室へ行くのが私の小さな楽しみです。

入院して最初に借りた本は

「ぬりものとゴハン」赤木智子 。

東京のギャラリーで働いていた赤木さん、編集者だった夫が輪島塗り職人になりたいとの一声で輪島へ移住して、家族が出来上がるまでのお話です。

パッと手にとって開いた時に美味しそうなミートソーススパゲティの写真が目に入り、これにしよう と、内容も知らずに借りました。

親近感の湧く美味しそうな感じ。

これは、私が常日頃から選択する時の決め手のひとつなのです。

そして、読んでみたら、びっくりとするくらいに赤木智子さんが感じていることを身近に感じました。

東京育ちの田舎暮らし。自然の美しさへの毎日の感動、少しずつ育まれる縁の大切さ。それなりの距離感。

それに東京へ帰省して、、のくだり。私が生まれ育つた阿佐ヶ谷が出てきてますますびっくりしました。

文章は私的な感じが苦手な人もいるかも。でも、最後に夫の赤木明登さんのあとがきを読み涙がでました。

心根の美しい人、、たしかにそう思えました。

良い言葉。

いつか赤木さんのぬりものを我が家の棚に置きたいな。

毎日愛でる小さな良い香りのブーケ。

ありがとう。

ゆき

やっと

こんにちは。

ゆきです。病室より更新です。

久しぶり、、本当に久しぶりの更新が病室から。驚きですが、SNSでは長い文章は似合わないし、ブログがちょうど良いのかなと思い、この十二の月を更新しようと思います。

入院の前にも、その間も、メールやお手紙やたくさんの声をいただいて本当にありがとうございます。

私も、そして1人でお店に立つ夫も、とても励まされてます。

それに、お店に立ち寄ってくださる方の声も夫はいつも届けてくれます。

2年半前に安曇野へ移住した時には、片手で数えるくらいしか知り合いがいなかった私達。そんな私達にこうしてあたたかい手を差し伸べてくれる。

本当に感謝です。

やっぱり、なかなか気持ちを上に向けることができなかったけれど、少しずつ病気を受け止めつつあります。

ずっと付き合う病気だと先生からきいて、たくさんの葛藤がありました。

家族のこと、なにより息子のこと。それにもちろん大切な月とビスケット.のこと。

でも、なんだかわからないけれど、今まで本当にすごい勢いで生きてきた私なので、もう、そういった生き方ではないんだよとも言われているような。またひとつ生活を見つめ直す時が来たのかなと思ってます。

病室から見える景色はとても眺めよく、松本の街が遠くまで見えます。朝と夕暮れの景色に癒されます。でも、常念岳も北アルプスも見えなくて、すごく見たいなと思う。山が遠く感じます。

それに入院前に行った上高地の眺めも眼に浮かぶ。また春に行きたいなぁ。

そして、私の故郷西荻や東京から届く声。心強いです。ありがとう。

自転車で西荻を走る自分をふわりと思い出してます。パンを買いに行ったり、雑貨を見に行ったり、喫茶店へ行ったり。

いつも思うのですが、縁がよく繋がることが多くて、西荻と安曇野ってなぜか遠くて近いんです。

そうそう、みなさんから届いた、手紙や本やかわいいあれこれ。毎日並べて眺めてます。

それが私にはやっぱり必要。

心の栄養ですね。

ではでは。また書きます。

ゆき